3月が終わってしまう。なにひとつものごとが進んでいないように思えて焦るけれど、春の陽気だけで救われる気持ちになるのはなぜなのだろう。春に誕生日をむかえるわたしは、毎年3月から4月に移り変わるときだけに感じる、おそらくこの国特有の空気感が好きだ。あんまり外出てないけど。
そういえばぼーっとしていて、ぜんぜん人と話していない。それでもなんとなく日々が続いていく。ひとりですごす時間が苦にならないので、ぼーっとしているとあっという間に月日がたってしまう。
いくつか、大きな課題はあるものの、だんだん「どうにかなるか」と思えてくるくらいには、感覚が麻痺している気がする。実際問題どうにかなってきたわけだし、これからもたぶん、なんとかなるだろう。先のことはどっちにしろよくわからない。
最近は「これ!」という感じで、特定のものに強い興味をあまり感じなくなってしまっている。危機感を抱くべきなのか、そういう年齢になってきているのか。
それでも「興味をもつ」ことはどうしたってがんばれないから、焦るのはやめた。いろいろと手放すだけ手放した結果、ぼーっとしている時間が、数年ぶりに発生している気がする。
時間がたったら、また何かに興味がわいてくるのか、それもよくわからない。いまの自分に必要なのは休養なのかも、と思っていた時期もあったのだけれど、確信はもてない。
曖昧な思考回路のまま、今年も春はいつの間にか過ぎ去るのだろう。