#516 春の雪と遠い記憶【三日坊主とひとりごと】

「32年ぶりの、春の雪」

ニュースを流し見していて、その言葉を聞いたとき、記憶が一気に30年分、巻き戻っていく感覚を覚えた。

紺色の小さな制服と黄色い小さなかばん。ガラス戸ごしの庭に、こんもり積もった真っ白い雪。家を出るために、玄関の雪かきをする両親。

「4月なのにこんなに大雪が降るなんてねぇ」

おぼろげな記憶だ。32年前、わたしは4歳で、その日は幼稚園の入園式だった。

細かいことは、覚えていない。結局、入園式には参加したのか、どんな友だちがいたのか、先生は誰だったのか。

でも「4月の入園式に降った大雪」の記憶は、確かにぼんやりと、わたしのなかに刻まれていた。

その日のことは、ものごころついてから幾度となく、家族のあいだで話題になった気がする。なつかしい思い出話として。(だから、あとから記憶が補正されている可能性も多少ある)

32年前は父がいて、母がいて、孫の成長を楽しみにしてくれていた両祖父母も元気だった。妹は、まだひとりしかいなかったけど。

そんな記憶をたどりながら、わたしはしまいかけていたコートを引っ張り出して着込み、外に出た。

2020年3月29日。東京の桜は満開だった。咲き乱れた桜に、雪がしんしんと降り積もっていた。

満開の桜と春の雪をみることは、もうないかもしれない。30年後の地球環境は、ずいぶん変わっているだろうから。

桜と雪を見上げながら、久しぶりに、離れて暮らす父に電話しようと思った。