神だのみなんて、したことなかったんだけど。
父はそう、照れくさそうに笑った。
なんでそんな話になったのか、まったく覚えていない。都内のファミレスで、たまたま家族が集っていたときの他愛ない雑談だった。
わたしは、父が37歳、母が30歳のときに生まれた第一子である。いまでは全然めずらしくないと思うけれど、当時にしては(そして田舎に根強く残る価値観では)「まあまあ遅い出産」と認識されたのではないかと思う。
なにより2人が結婚したとき、父は30歳、母はまだ23歳だったのだ。
7年も子どもにめぐまれなかった父と母は、「このまま夫婦で生きていくのもいいかもね」と、言い合っていたそうだ。不妊治療も、まだ一般的ではなかった。
そんなある日、仕事で東北の街に出張でおとずれた父は、ふと、目にとまった神社に何気なく足を踏み入れた。
その神社で、父ははじめて「もし授かれるものならば、私たちに子どもを授けてください」と祈ったのだという。後にも先にも、そのときだけ。
その1年後に、生まれたのがわたしだ。
「なに、そんな話はじめて聞いたんだけど……」
思わず父に言った。ちょっと、心がざわざわしていた。
ほんとうにふらりと立ち寄った名もない神社だったらしく、父は場所を覚えていないのだという。
ときどき、思う。わたしたちは何か見えない力に、いつも導かれているのかもしれない。
36年前の祈りによって、わたしは生かされているのかもしれない。