悲しさや、苦しみは
なかなか忘れられないけど
気を抜いていると、
すーっと記憶の彼方に
消えてしまいがちなのが、
「感謝」だなあと思う。
10年前、就職が決まらないまま
上京してきた私が、
いちばん最初につまづいたのが
アパート探しだった。
最後に訪れた不動産屋で
あきらめモードの私をひきとめ、
「あなたはちゃんとした人だと思うから
ちょっと待っててくださいね!」と
温かい人柄の大家さんがもつ物件を
わざわざ紹介してくれた人がいた。
仕事が忙しすぎて、
深夜3時のタクシーに
転がり込んだ私を見て
「いや、なんか
自分の娘だったらと思うとさ」
と、タクシー代を
そっとまけてくれた人がいた。
あのときどんなに心細かったか。
そのひとことが、
どれだけうれしかったか。
もちろんそのとき、精いっぱい
お礼をいったつもりだけれど……。
ぜんぜん足りてない。
あとから伝えようとしても
叶わないことばかりだ。
せめてそのやさしい記憶を
いつまでもとどめておきたい。