熊谷守一という人の存在を知ったのは、父からだった。仙人のような風貌で、アリやら猫やら、独特のタッチの絵画を描く美術家。
その企画展が開催されるというので、家族と国立近代美術館を訪れた。
美術館。ものすごく久々だった。
20代から90歳を越えるまで、絵を描き続けた彼の作品がずらりと並ぶ。
時系列で展示された絵を一枚、一枚見ていくうちに、わたしは途方もない疲労感におそわれはじめた。
そこにあったのは、ひとりの人間がたどった人生の重みだった。
代表的な作品とはかけはなれた、若い頃のタッチや作風。暗闇と光。写実的だけど、ひたすらダークな色合いで描かれた油絵の向こうに、この人はいったいどんな景色を見ていたんだろう。
たびかさなる家族の死。また絵がまとう空気が変わる。いつしか平面的で色数も少なく、単一の赤い線がキャンバスを彩るようになる。
70歳を超えてからの、海外作品の模倣。実験、また実験の繰り返し。何枚もつづく、同じモチーフの作品。直線と曲線の美学。
やがて絵のモチーフは、裸婦や風景画から、アリやら花やら猫やら土のかたまりやら、ごくごく限られた「庭」の一部に変わっていく。
たとえ言葉が尽くされなくても(あったのは最低限の解説だけだ)、こうやってひとりの人生を視覚的に感じることだってできる。
わたしは言葉でものごとを表現する仕事をしている身だけれど、今回は何十枚も並んだ彼の作品に、とにかく圧倒されてしまった。