開演5分前。となりの席にひとり、すべりこんできたその人は、なぜか泣いていた。理由はわからない。わたしもひとりだったが、声は、かけそびれてしまった。
もしかすると、はじめて舞台を見に来られてうれしかっただけなのかもしれない。
でも、その人はまちがいなく泣いていた。ときおり、鼻をぐすぐすとすすり、ハンカチを目に押し当てながら。
その日は、公演の千秋楽だった。
わたしは2ヶ月ほど前に、初日の公演をおとずれていた。そのときも十分、満喫したが、時間をかけて練り上げられた舞台は、さらに磨きがかかってパワーアップしていた。
はじまった瞬間から、笑いっぱなし。この舞台と客席の一体感が好きで、わたしは数年前から、公演に何度も足を運ぶようになった。
泣いていた彼女、ハンカチは握りしめたままだったが、少しずつ鼻をすする音が聞こえなくなる。
公演が進むにつれて、いつしか、彼女は声をあげて笑っていた。
「泣いている人を笑わせるのが、僕の仕事だと思うようになったんですよ」
公演の主は、かつてインタビューでそういっていた。
何をかくそう、わたし自身も、当時「泣いている人」のひとりだった。その人の言葉や、一つひとつ魂がこめられたパフォーマンスが、わたしにとっての支えになった。
となりで彼女が笑えば笑うほど、わたしは泣きそうになっていた。
誰かの仕事が、他の誰かにとってかけがえのないものになる、“その瞬間”にいあわせたことの奇跡に。